さて、長々と語る連載「服と自分入門」。まだまだ先は長いですが、とりあえず二本目の記事となりました。
ポッドキャストで話したり、連載を書く日々がスタートして、アウトプットの難しさを日々実感しています。続けていれば、もう少し上手に書けるようになるはず…と信じて、とにかく手を動かして頑張っていきます。
最近、自然についての本を読むことが増えました。特に『TRAIL LEARNINGー未知を拓く冒険「歩く」』はおすすめで、BAUMでも「歩く会」を発足してみたいな…と思うほど。
その一方で、新刊チェックはすっかりご無沙汰。
服の話に戻ると、コレクションを追ったり、ヴィンテージ系のブログを読んだりはしていますが、実物を見に行く機会は以前より少なくなりました。
その代わり、ネペンテスのオフィシャルサイトにはブログを読み返すのが最近の楽しみ。アーカイブを読むのは旅行記のようでもあり本当に楽しい。知識もつくので、バイヤーはブログを読むといいと思います。
ファッション業界13年”ファッションが好きというより、服が好き”
ファッション業界に飛び込んで早13年。
まだまだ先輩はたくさんいますが、人生の半分近くを“ファッションのプロ”として過ごしてきた以上、何かを受け取るだけではなく、抽象的でまだ世の中に浸透していない考え方も伝えられるようになりたい。発信できる人でありたいと思っています。
実を言うと私は「どう見られるか」にはあまりこだわりません。
店頭では最低限おしゃれでいたいけれど、仕事の邪魔になる服はすぐに脱ぐタイプです。
時々袖にバンドをしているのは、袖が落ちてキーボードに触るのが嫌だから。
昔 jun mikami でアームバンドが販売されていて、買わなかったことを今でも後悔しています。

腕にバンドをつけることで袖が邪魔にならない
私は基本的に、新しいファッションカテゴリーを積極的に試したいタイプ。
「質が良いと言われるものは、何がどう良いのか」を体験したいし、新しい着こなしや流行、知識を教えてもらうと、つい仕事でも試してみたくなります。
動きやすい服が好きで、ポケットの使い方も自分の中で決まっているので、ポケットがない服は基本あまり着ません。
人生のよき相棒のような服が好きだし、時に自分像を少し変えて遊ばせてくれる“道具”にも感じています。
私はよく「ファッションが好きというより、服が好き」と話します。
買い物をして合わせ方をこだわるのは“ファッション好き”。
一方で、普通じゃないものを追いかけたり、その背景や作りに惹かれるのが“服好き”。
私は今、“合わせ方”より“服そのもの”に夢中でいたいと思っています。
服を通じて自分を理解するということ

バイヤーは、自分の守備範囲外のアイテムでも「なぜ人がそれを選ぶのか」「どんな良さがあるのか」を理解している必要があります。
誰かが“良い”と思った服には理由があり、セカンドハンドとして次の人に渡るとき、その感じ方を具体的にイメージするためです。
いろいろなジャンルに、まるで実験のように触れていると、
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ブランドごとの役割
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その中での服の立ち位置
が、なんとなく見えるようになります。
これは仕事に役立つだけでなく、自分自身が服を正しく理解する助けにもなる。
無駄な買い物は減るし、好きなものは増える。日々の暮らしもより楽しくなる。
これはアートでも音楽でも同じで、“理解する”ことは人生を豊かにしてくれます。
そしてこの連載「服と自分入門」で私が最も伝えたいテーマが、
「服を通して自分を知ろう」
ということです。
素直に服を感じる
「自分自身に最も遠い存在は、各人それ自身である」──ニーチェの言葉です。
家での自分、仕事の自分、子どもの前の自分、昔の友人に会う自分。
誰しもいくつもの顔を持ち、それぞれに仮面をかぶっているものです。
その途中で「もっとこうなりたい」という理想像を探す瞬間もある。
そんな時、ふと立ち止まる。
「あれ?本当の自分は、どう在りたいんだろう?」
人は一生、服を着て生きます。
“服との付き合い方”を見つめるのは、「自分をどう扱いたいか」を考えることでもある。
生涯寄り添う存在として、服を通じて自分が心地よい選択をしてほしい。そう願っています。
でも現実には、SNSやテレビ、雑誌の
「オシャレにならなきゃ」
「痩せなきゃ」
「流行に乗らなきゃ」
という“圧力”が絶えません。多くはマーケティングの結果生まれた“買わせるための理想”です。
ファッションを要素ごとに少しずつ紐解いていくと、
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機能性とトレンドが好き → アークテリクス
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アート性や新素材が好き → アンリアレイジ
というふうに、自分の興味が自然と見えてくる。
その“好きの傾向”を知るだけで、ノイズに振り回されず、納得感のあるファッションライフに近づきます。
自分を映す鏡
服は、自分の「今の関心」を確認する鏡にもなります。
興味は年齢や環境で静かに変わっていくもの。
音楽もライブに行けなくなると、気づかぬうちにフェードアウトしたりする。
“好き”を大切にし続けるのは簡単ではありません。
でも服は毎日、必ず触れる。疲れていても袖を通す。
だからこそ、変化に気づけるタイミングが多いのです。

左からPatagonia、PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE
私も時々、重くて硬い服を絶対に着たくない日があります。
ISSEY MIYAKEを着ると、軽くて動きやすくて、知的な雰囲気もあって気持ちが整う。
気を遣うアイテムが多いブランドなのに、ISSEY同士は驚くほど馴染むのも好きな理由です。
自然が好きになった最近は、タフで機能性のある物が気になるし、
パタゴニア山脈の映像を見ているだけで Patagonia への信頼が高まることさえある。
ヤクザ映画を見ても白スーツは着ませんでしたが(笑)
服を考えると自然と自分について考えるようになる。
重く感じる理由、ワクワクしない理由、好きな気持ちを表現したい理由。
そして「誰かにおしゃれと思われたい」という気持ちすら、自分の一部です。
服は実用性があり、気持ちを豊かにし、社会的な評価にもつながる。
そんな多層的な存在なのに、誰もその扱い方を教えてくれません。
だからこそ、憧れの人の真似をするだけではなく、自分なりのアレンジが必要です。
似合うかどうかより「好き」を優先していい
まずは「自分の好き」を捉えること。
似合うかどうかは、その後ゆっくり考えれば大丈夫です。
骨格診断やパーソナルカラーa診断を知るのはとても良いこと。
ですが、それを最優先にした瞬間「他人からどう見られるか」という外部の評価軸が、自分の「好き」という純粋な内側の声を押しつぶし始めます。
“似合う”は多くの場合、「他人からどう見られるか」の言葉です。
それが必要な場面があるのはもちろんだけど、毎日を生きる私たちはもっと気持ちが移ろいやすい。
だからこそ、まず「好き」を優先してあげる。
自分を理解することがいちばん大切なのではないかと思います。
終わりに ─ 服と向き合うことは、自分と向き合うこと

今回は、ファッションが身体・気持ち・社会的な立ち位置のすべてに影響し、自分の“今”を確認できる鏡のような存在であるという話を書きました。
これから素材やシルエット、デザイナーズ、変形シルエット…さまざまな視点から記事を書いていきます。
ぜひチェックして、コメントなどいただけたらうれしいです。