第四回となります。
今回も、服と自分のあいだに何が起きているのかを考えていこうと思います。
テーマは「シルエット」。大きなタイトルですが、是非一緒に考えてみましょう。
大きいぶかぶかの服が好きな人。
体に沿った服が落ち着く人。
親の世代はぴたっとした服を着ていたり(現在私は31歳)、流行りのゆったりした服を着ていると両親には「だらしない服装」と言われてしまったり。
「よくある」出来事ですが違和感を覚えたことがある方も多いのではないでしょうか。
私も似たような経験があります。
中学生のころ、昔一緒に住んでいた祖父母に会いに仙台に帰ったとき、BEAMSのアウトレットで買ったお気に入りのグランジチックなダメージの入ったオートミール色のパーカーを着て帰ったのですが、見るや否や「なんだそのぼろぼろなパーカー!脱ぎなさい!」と言われて衝撃を受けました。
今考えても怒りすぎでは?と感じるほどの語気で、138cmと小柄な祖母が2mに見えるほどの迫力で。

私は当然パニックです。
当時雑誌に載っていた雰囲気をしっかり真似したつもりだったのに、なんでこんなに否定されてしまったんだろう。
その時は「雑誌のテイストはみんなかっこいいと思うに違いない。選んだアイテムのセンスが悪かったんだ」と思い落ち込んだのを覚えています。
でもそれって当時の人の感覚では「綺麗で体に沿ったものを着る」ことが絶対的な価値で、私のファッションが「親にいじめられている」ようにも見えたのかもしれませんし、「ファッションを教えないとかわいそう」と思ってくれたのかもしれません。
とにかくその時、私は「形」だけで、ここまで感情が揺さぶられるのかと知りました。
しかし、考えるとたった60年くらいの年齢の違いでこんなにショックを受けるのも凄いことだなと感じます。
人類は何万年も前から服を着ていて、「デザインはすでに出尽くしている」と言われることさえあるにも関わらず、祖母は私のファッションを受け入れられなかった。
生地はテクノロジーの進歩によって日に日に変わりますが、シルエットの分野には非常に大きな技術革新が無い限り、現時点で作れないものは無いようにも思えます。
つまりシルエットは「究極の答え」を出せないまま、今もなお変わり続けている。
今回はその理由を、
トレンドや体型の話だけで終わらせず、
「自分はなぜその形を選んでいるのか」という視点から、
一緒にひも解いていけたらと思います。
是非、お付き合いください。
シルエットを作る要素とは
- トレンド
- 体型
- 文化
- 思想
といった要素が絡み合い、私たちは「自分で選んでいる」つもりでも、
実はシルエットの好みは、かなり外側から決められています。
一般的に服のシルエットは自分に似合うかどうかを考えると思うのですが、この似合うという決断までのプロセスが面白いんです。
今回はその中でも身体的な意味でのシルエットと、文化的な意味でのシルエットに注目してみたいと思います。
Diorによるライン理論
トレンドや体型は現代のファッション感覚で特に重視されているようにも感じます。
リール等を見ていると感動するのですが、自分を良く見せるツール・技術としてのシルエットが多く、職人のような繊細なアイテム選びのセンスをしています。
Aライン・Iライン・Xラインなどのシルエットを意識することでスタイルがよく見えるというのは歴史的にはまだ100年もたっていないのではないかと思います。

そもそもこのライン理論はChristian Diorによる普及が大きいと言われており、
Aラインを普及したのはChristian Diorの1955年のパリコレでのルックからです。(当時はテントラインとも呼ばれていました。)
Iラインは60年台のミニマルファッションの台頭の中で生まれ、Xラインは47年のDiorのコレクション「ニュールック」が代表的です。(ヨーロッパ的な伝統に支えられたシルエットではありますが、普及の意味ではこれが契機ではないでしょうか)
私はインスタグラマーでモデルの「藍史」さんのコーディネートにとても感動しているのですが、彼が動画の中で話していたことがユニークだなと思っています。
「ラインを極端に意識する」
Aラインなら、ちょっとAに見える位ではなく、とことんAにするというのがポイントという意味で話されています。
本当にかっこいいし、色使いや生地感等多方面で素晴らしいので是非。おすすめです。
文化で「動きやすい」にも好き嫌いが生まれる
では文化にはどんな要素があるかというと、
面白いことに、国によって心地いいと感じる服は違うと言われています。
同じ体を持つ人間なのに、ヨーロッパ諸国では体にフィットした服を動きやすいというのに対して、アメリカではゆったりとした服を動きやすいと感じる。
確かに古着を見ていても、ヨーロッパのデザインは体のパーツを魅力的に見せる作りだなと感じます。
スーツはイタリアもイギリスもシェイプが効いており、肩は広くウエストはくびれます。
しかしアメリカは違う。ウエストにシェイプのないボックスシルエットで、筒のようです。

カジュアルな服もそうで、Championのスウェットを思い返すと大きいサイズでリラックスしたシルエットです。ヒップホップに見られるぶかぶかなファッションも(これはいろんな要素が絡みますが)ぶかぶかなファッションですね。
国によってシルエットは変わりますが、日本の場合はどうでしょうか。
日本という混ざる文化 -揺れるシルエット-
日本は伝統衣装に和服を持ち、その後明治維新を発端に西洋化が始まります。
初めは男性の上流階級が洋装をはじめ、女性には浸透が遅かったと言われていますが、
そんな中でも西洋化の象徴として鹿鳴館が建てられ、そこではヨーロッパのドレスが流行したそう。
バッスル・スタイルと呼ばれるスカートの後ろ部分に膨らみのあるデザインが当時は最先端だったそうです。
不忍池のほとりを彩る鹿鳴館時代の女性たち。「バッスル・スタイル」のドレスを着用。(楊洲周延『上野不忍競馬之図』より)
個人的に日本の現在のファッションを象徴しているように感じる話が、鹿鳴館の華と呼ばれた鍋島直大氏の妻栄子(ながこ)さん。
小袖夜会服という和服を活用したバッスルスタイルのドレスが人気を呼び、その後ヨーロッパでジャポニズムの源流となったともいわれています。
この混ぜ合わせて新しい良い物を見つける感覚が日本的だなと私は感じています。
日本のファッションの歴史には断絶がありますが、そのおかげでファッションを楽しむ気持ちを持ち、遅れてきた者の特権のような自由な発想で和洋折衷を楽しんだりする姿は現代にも通じる感覚のように思います。
こんな感覚がある日本だからこそ、シルエットが一方向化しないで、揺れ動きながら各人が心地いい場所でとどまれる。
そして自由な発想により海外からも「日本には日本のファッションカルチャーがある」と評されるようになったのです。
時にトレンドに流されやすい国民性と批評されることがありますが、そう感じる気持ちを一度ぐっと押さえて思い出してほしいです。
凝り固まっているより軽やかに新しい物を試すことで独自の個性を手にしてきた私たち日本人なのだから、そうなるのは当然だと。
それを通過して自分の中にトレンドより大切なものができた時に、腰を据えたらいいんじゃないかなとも思います。
メモリを揃える
ここまで、身体にとってのシルエットとしてライン理論についてを、
心にとってのファッションとしてヨーロッパ・アメリカそして日本についてを一緒に見てきました。
シルエットを選ぶとき、
私は「機能」と「魅力」という二つのメモリがあると思っています。
機能は、自分が無理なく過ごせるかどうか。
魅力は、どう見られたいか、どんな自分でいたいか。
どちらか一方だけが大きく振れてしまうと、
なんとなく落ち着かない服装になってしまう。
だからこそ、この二つのメモリを自分の感覚と揃えてあげることが、
自分にとってちょうどいいシルエットを見つける近道なのだと思います。
現代のファッションはビジュアル先行となっており、どうしてもシルエット=スタイルを良く見せるという考えになりがちだと思います。
ファッションが好きという若い人も、「ブランドとか年代とかじゃなく、シルエットで服を探す」と聞くことが増えました。
ただシルエットの楽しさは人からの目線だけで作られるものではなく、もっとライフスタイルにも関わってくるという面も感じてほしいと思っております。

BAUM storeのスタイリング
その上で、人におしゃれと思われたい、体型を良く見せたい、足を長く見せたいといったフィジカルな面が大切な人にはライン理論を使って整えてほしいですし、
着ていて心地いい服が好きという人には、自分に向いているシルエットを見つけてほしいと思っています。
最近窮屈な服が好きじゃないかも。なんとなく大きい服を着たいかも。といった心の動きに反応してあげるのは流行に遅れているわけでも、妥協でもなく、今の自分にとっての「機能」を選んでいるだけなのだと思います。
古着を見ていると、同じ服でも、着る人によってまったく違う表情になる瞬間があります。
それはきっと、その人なりに「機能」と「魅力」のバランスが取れているから。
シルエットに正解がないのは、人それぞれ、揃えるべきメモリが違うからなのだと思います。
「自分にとっての”いいシルエット”」を見つけるのもファッションの楽しみ。
是非そんな目線で服を見てみてください。新しい発見があるかもしれません。
BAUM storeでは、その人なりの「機能」と「魅力」が揃う一着を、一緒に探せたら嬉しいなと思っています。
是非お会いできることを楽しみにしております。