服と自分入門「古着の価値って定価じゃない?どうやって決めるの?」

服と自分入門「古着の価値って定価じゃない?どうやって決めるの?」

同じシャツでも、人によって「価値」はまったく違います。
定価だけで決まるわけでもなく、ブランドタグだけで測れるわけでもない。
二次流通の世界では、まさに“十人十色”ならぬ“十服十色”の価格がついています。

この記事ではこれまでバイヤーとして20万点以上の古着を多く扱う中で、私自身が感じてきた相場の傾向や価値のとらえられ方の特徴について、お話ししてみようと思います。
入門と銘打ってはおりますが、至らぬ点も多々あるかと存じます…。

ときどき、「目利きができるから独立されたんですね」と声をかけていただくことがあります。
もちろん嬉しいのですが、少し気恥ずかしい気持ちにもなります。
なぜなら、私に特別な才能や審美眼があるわけではなく、ただ傾向を観察し、人がどんな感情で服を見ているかを考える訓練を重ねてきただけだからです。

これからお話する価値観は、バイヤーだけでなく、きっとみなさんがこれから服と付き合っていく上でのヒントにもしていただけると嬉しいです。

最後まで読んでいただくことで、
「どうして普通の服なのにこんなに高いんだろう?」
「定価は高いのに、なんで二次流通では安いんだろう?」
そんな素朴な疑問が少しずつ解けていくと思います。

一般的な価値の決まり方

古着屋では、ブランド・人気・状態・シーズン……いろんな要素をもとに買取価格が決まります。

でも、それはあくまで“市場的な価値”。

一方で、同じ服でも“着る人”によって感じる価値はまったく違います。
それが“個人的な価値”です。

気持ちの問題だから、お金に変換するのはとても難しい。
多くの人は「定価が〇〇円だったから、売ったらこのくらいかな?」と考えます。

でも実は、バイヤーは定価をそこまで重視していません
なぜなら、どんな服でも「これは10万円です」と言えば、その価格で納得してくれる人がいれば、10万円で売れてしまうからです。

つまり、「定価」は目安ではあるけれど、本当の価値を決めるのはその服が誰にどう受け取られるかという感情の側面。

バイヤーの仕事は、その市場的な価値と個人的な価値のあいだを読み解くことなのだと思います。

「体」で感じる価値

体で感じる価値
RIVER GUIDE JACKET 8wale corduroy | KENNETH FIELD

まず、服は“体に触れるもの”。
そして、“身体機能を拡張する道具”でもあります。

ここで、体で感じる価値をつくる4つの軸を紹介します。

品質 - 触り心地や頑丈さ

生地の触りが柔らかく、肌触りが良いものか。
それとも頑丈で、ちょっとやそっとじゃ傷まないものか。

縫製が手縫いで動きに合わせて伸縮する「柔らかさ」があるか。
それとも工業ミシンでしっかりと縫われているか。

そうした素材や仕立ての“作りの確かさ”を「品質」と呼びます。

シルエット - 着る人らしさを作る

シルエットが作るらしさ

袖が広がっていたり、ウエストがシェイプしていたり――形の違いが、着る人の体をどう見せるかを決めます。

自分のスタイルを強調したり、あるいはカバーしたり。
その人らしさをつくる要素が「シルエット」です。

余談ですが、ヨーロッパでは「体にフィットする服」が動きやすいとされ、アメリカでは「ゆとりのある服」が動きやすいとされます。
価値観は、国が変わるだけでこんなにも簡単に変わってしまうのです。

色 - 似合う色、心に作用する色

身体との関係においての色は「パーソナルカラー」などで多く語られます。
瞳や肌、髪色から似合う色を理論的に求める技術は多くの人の心をつかみ、本も多く出版されました。

一方心にも作用するのが色のユニークなポイント。こちらは後述いたします。

機能性 - 使いやすさ

ポケットが自然に手の動線上にある。
ジップがつかみやすい。
ストレッチが効いていて動きやすい。

アウトドアでは「丈夫で軽く、雨に強い」が機能。
旅行では「小さくたためて、シワにならない」が機能。

生活の中で“使いやすさ”を感じさせてくれることが、
服における「機能性」です。

服の価値は、どうやら実際の「私」の動きにどう作用するのか。
これを着ると私にどんな良さをもたらしてくれるのか。

「身体との対話」のような服の価値。

「心」で感じる価値

でも、服の価値は「身体との関係」だけではありません。
古着には“時間”や“物語”が宿っていて、ブランドの思想、デザイン、そしてコミュニティへの共感――それらはすべて、「心で感じる価値」です。

ここでは、そんな“心に作用する要素”をいくつか見ていきます。

ブランド - イメージや信頼

「このブランドが好き!」
そう思えるのは、デザイナーの思想や、大切にしている伝統に共感しているから。

憧れのブランドを着ることで、自信を持てたり、背筋が伸びたり。
そのポジティブな影響は、ブランドが長年かけて築いてきたイメージや信頼の積み重ねによるものです。

また、サステナブルな姿勢や伝統的な手仕事に惹かれるのも同じ。
私たちはブランドを選ぶことで、自分の価値観や意思を表現しているのです。

コミュニティ - 共通の記号

ファッションはときに、人と人をつなぐ言語になります。

かつての「竹の子族」は、派手な服装とダンスからカルチャーを生み出しました。
Rick Owensの愛好家たちは、ランウェイの外でも同じ服を纏い、ひとつの“部族”のように集まります。

もっと身近な例なら、学校の制服や、友人同士で服を揃える「ニコイチ」ファッションもその一種。
服装を共通の記号として使い、連帯感や絆を強めるのも、心で感じる価値のひとつです。

自己表現 - 自分らしさ

どんなファッションも選択した自分がいる限り自己表現と言えます。

黒しか着ないといった「自分ルール」を作るのも自己表現。
自由な組み合わせで“誰にもできない着こなし”を作るのも自己表現です。

主体に自分がいて、ファッションを自分に従わせるという試み。
これはちょっと昔に流行った「フランス人は10着しか服を持たない」という本もこれに属します。
自分らしさを見つけるのは快適な自己イメージを組み立てる上で非常に重要です。

時間 - 経緯や憧れ

mid60-early70s Pure Mohair Coat / 1921 シガレットケース
mid60-early70s Pure Mohair Coat / 1921 シガレットケース

樹齢1000年を超える大樹や数万年前の地層等、時間の経過は人の心を揺さぶります。

長年着られても壊れない丈夫さ。
当時ならではのディテール。
そこに宿る時代の空気。

それを感じ取ることに、私たちは敬意や憧れを抱きます。
また、近年では「サンフェード」(日焼け)や「襤褸」など物を見て時間の経過を直接感じられるようなものは人気を集めております。

色 - 内包する意味

色はパーソナルカラーのような「身体」との関係だけでなく、気持ちにも作用します。
現に大統領選などではネクタイの色に注目がされ、赤を締めているから情熱を、青だから冷静さを強調しているといった報道もあります。
また、自身の気持ちへのアプローチにも色は広く使われ、代表的なものとしては「カラーセラピー」という色を用いた心理療法もございます。

服の価値は、素材や形だけではなく、「人の感情」や「記憶」と結びつくことで、より深い意味を持つようになります。

ここまで「身体」と「心」の関係についてみてきましたが、実はどちらも内包した要素もあるんです。

「トレンド」時代の感情を映す鏡

イベント「Great Holiday」(2025.7)
イベント「Great Holiday」(2025.7)
“トレンド”とは、無数の要素が絡み合って生まれるものです。
近年ではクラスター(小さなコミュニティ)ごとに独自のトレンドが生まれ、かつてのように「全員が同じ方向を向く」ような大きな流行は少なくなりつつあります。

トレンドは、どこか「空気を読む」感覚に近い。
「特に明記されていないけれど、なんとなく従わなければならない」
そう感じることこそ、トレンドの不思議な力なのだと思います。

また、トレンドは周期的に“リバイバル”を起こすのも特徴です。
たとえば近年では「平成ギャル」「裏原」など、20年ほどの時を経て再び脚光を浴びています。
懐かしさと新しさが同居するその感覚に、「昔を知る人」と「今を生きる人」の双方が魅了されています。

トレンドはときに熱狂を生み、相場にも強く影響を与えます。
特徴的なデザイン、当時の憧れ、時代のムード。
これらが含有された服は“今”の価値を再度纏うこととなります。

つまり、トレンドとは〈身体〉と〈心〉の両方を揺さぶる、第三の価値軸とも言えます。

バイヤーにとって、この「空気感」を掴むことは非常に大切です。
ブランドのルーツをすべて把握することは不可能でも、「どんな価値観のクラスターがあって、どこで何が流行しているのか」その文脈を読む力があれば、見逃さない査定ができる。

トレンドは、単なる“流行”ではなく、“時代の感情”を映す鏡なのだと思います。

身体と心、そしてトレンドのあいだにある“自分だけの価値”

身体にとって快適であること。
気分を上げてくれること。

そのどちらも、服の価値をつくる大切な要素です。
けれど、実際の「好き」はもっと複雑。

機能性を追い求めたブランドの思想に惹かれたり、偶然見つけた色が自分のパーソナルカラーにぴったりだったり。
そうした要素が複合的に絡み合い、最終的な「選択」にたどり着きます。

さらにそこに、“接客”や“購入体験”といった記憶が加わる。
だから本当の服の価値は、単純にモノの値段ではなく、自分との関係の中にあるのだと思います。

バイヤーとして、それを踏まえて査定をするのは本当に難しい。
まだこの業界に入ったばかりのころ、当時の店長に言われた言葉を今でもよく思い出します。

「これから買取をする限り、一生勉強だからね。」

その方は社内でも熟練のバイヤーでしたが、それでも「まだまだ学ぶことがある」と言っていました。
完璧な査定なんて存在しません。
それでも、自分が納得できる仕事をしたい。
その気持ちで独立し、今も日々、服と人と向き合いながら学び続けています。

服の価値とは、市場や相場で決まるものではなく、「その人の人生のどこにその服が存在するか」で決まるのかもしれません。

そしてそれを見つけることこそ、古着を扱う仕事のいちばん面白いところだと思います。

「古着の価値を考える」ということ

古着の価値を考えるということ

古着の価値を考えるのは、いつも難しく、そしてやりがいのある仕事です。
ブランドや状態、トレンド…いろんな要素を踏まえながら、目の前の服と、まだ見ぬ次の持ち主との出会いを想像して査定をしています。

私が目指しているのは、「見逃さない査定」だけではありません。
皆様の“好き”が詰まった服を、次の方へ丁寧に引き継ぐこと。
その過程そのものに魅力を感じているからこそ、今もワクワクしながらこの仕事を続けています。

BAUM storeにお立ち寄りの際は、ぜひ服との思い出や、こだわりのポイントなどを教えてください。
あなたの「好き」を聞ける時間が、私たちにとって一番の喜びです。