梅雨時期になり、BAUM storeのお客様もクローゼットの夏物を精査されているご様子。
気温が上がりきると外に出るのも億劫ですから、皆さま今のうちに色々整理していらっしゃるようですね。
いつも当店をご利用いただき誠にありがとうございます。
私たちも長く暑い名古屋の夏に備え、色々作戦を立てています。
まずは7月、週4日営業に変更しオンラインへの出品速度を速める。
40度近い中今池を歩く人は極わずか。オンラインでお買い物を楽しんでいただいたり、気になるものを見つけてご試着に来ていただきたいと考えています。
そして土曜日の営業を21時まで。19時以降は自由にお酒を持ち込んでいただけるようにします。
普段ゆっくりお話しできないことも多いですが、この機に皆様と交流したいなと思いスタートしてみます。いろいろ服にまつわる本や雑誌もお持ちしようかと考えています。
是非ご利用お待ちしております。
さて、今回は「どうして服の系統は変わるのか」。
若いころはパンクなファッションの友人が、気づけば黒一色のミニマルなファッションになっていたり、ロリータをしていた友人がデニムを履いていたり・・・
皆さんもきっと経験したことがあるのではないでしょうか。
そんな人の成長・時間経過と服の関係について考えてみようと思います。
第1章 「自分像」を動かしてみたい若者
若さと言えば何だろう。
人によって違うとは思いますが、大人の頃より体力があって、無鉄砲で、でも意外と繊細で傷つきやすかったりする。
私は一言で言うと、「不安定」なんじゃないかと思っています。
若い頃って、自分が何者なのかよくわからない。
どんな仕事をしたいのか。
どんな人になりたいのか。
どんな人生を送りたいのか。
可能性は沢山あるけれど、その分不安も大きい。
そんな時期だからこそ、ファッションはすごく魅力的に映るのかもしれません。
世の中には沢山のブランドやデザイナーがいて、それぞれ違う価値観や理想を提案してくれます。
高級ブランドに憧れたり。
芸能人の真似をしてみたり。
派手な色を着てみたり。
カルチャーにどっぷり浸かってみたり。
こういうことって、どの時代も成熟した大人より若者の方が熱心だった気がします。
それは決して悪いことではなくて、自分を知るための大事な時間なんだと思うんです。
まだ自分というものが完成していないから、服を通して理想の自分に近づこうとする。
ブランドや高級品に惹かれるのも、「その服が欲しい」というより、「その服を着ている人になりたい」という気持ちが少し混ざっているような気がします。
自分が選んでいるのは服であって、服じゃない。
服を通して、自分がどう見られたいのか。
自分が自分をどう見たいのか。
そんな「自分像」を揺らしてみているのかもしれません。
ここで思い出すのが、高校時代の友人の話です。
その人は「学校以外でも制服を着ていたい」と話していました。
理由を聞くと、ファッションに自信がないからだそうです。
制服なら自分で選んだ服ではない。
だからセンスを評価されずに済む。
当時は少し不思議に感じました。
でも今ならわかる気もします。
派手な服を着て理想の自分になろうとする人もいれば、制服を着て評価から距離を置こうとする人もいる。
方法は真逆ですが、どちらも「自分がどう見られるか」を気にしているという意味では同じなのかもしれません。
第2章 背伸びして着させてもらう服
若い頃は不安が多い。
どんな学校に行くのか。
どんな仕事をするのか。
どんな人と出会うのか。
選択肢が沢山あるのは自由ですが、その分不安も大きい。
私は時々、若い頃を思い返すと「海の上をいかだで漂っている」ようなイメージが浮かびます。
どこへでも行けるけれど、どこへ向かえばいいのかはわからない。
そんな時、服は思った以上に大きな力を持っています。
自信がない。
何者でもない気がする。
誰かに認められたい。
そんな気持ちを支えてくれることがあるからです。
高級ブランドを着る。
希少なヴィンテージを着る。
流行のアイテムを取り入れる。
すると周りから向けられる視線が少し変わる。
「あの人おしゃれだよね」
たったそれだけのことでも、自分を支えてくれることがあります。
服はただの布なのですが、布以上の役割を持つこともある。
自分に向けられる評価を変えたり、自分自身の見え方まで変えてしまうことがあるから不思議です。
昔の私は、ブランド品で身を固めている人を見ると少し斜に構えていた時期がありました。
でも今はそう思いません。
自分なりの理想を追いかけて、一生懸命働いたお金で服を買う。
それは決して悪いことではないと思うのです。
人に認められることで自信をつける。
そんな経験もまた、自分を形作る大切な時間なのかもしれません。
若いファッション好きの方を見ると、今はむしろ応援したい気持ちになります。
第3章 選んで着る服
大人になると何が変わるのか。
年齢を重ねると、少しずつ自分の輪郭が見えてきます。
仕事。
恋愛。
家族。
趣味。
いろいろな経験を積む中で、自分が何を大切にしたいのかも少しずつわかってくる。
若い頃はどこへでも行ける可能性が沢山ありました。
でも同時に、どこへ向かえばいいのかもわからない。
だから服は大きな意味を持ちます。
理想の自分になりたい。
違う自分になってみたい。
今の自分を変えてみたい。
そうやって自分に馴染む形を確かめるように、イメージを変えたりする。
でも経験を重ねると少し状況が変わります。
自分が何者なのか、輪郭が見えてくる。
すると服に求める役割も変わってくるのだと思います。
若い頃は「憧れの服」に自分を引っ張り上げてもらっていた。
でも大人になると、自分という人間の延長線上に服が存在するような。そんなイメージになってきます。
だから昔は派手な服が好きだった人がシンプルな服を選ぶようになることも不思議ではありません。
情熱がなくなったわけではない。
むしろ、自分が心地よいと思えるものが見つかってきた結果なのだと思います。
面白いのは、その変化が必ずしも「落ち着く」ことを意味しないことです。
例えばギャルソン。
若い人も大人も熱狂するブランドの代表格だと思います。

ギャルソンはBAUM storeでもお買取させていただいています
若い人にとっては、「普通とは違う世界」を見せてくれる服かもしれません。
一方で大人にとっては、自分が歩いてきた道の延長線上で辿り着いた服かもしれない。
同じ服を着ていても、そこに至る理由はまったく違う。
そう考えると、ファッションは服そのものよりも、その人との関係性の方が面白いのかもしれません。
人が変われば、同じ服の意味も変わる。
だから服の系統が変わることも、昔好きだったものをまた好きになることも、どちらも自然なことなのでしょう。
第4章 ファッションの楽しみ方は変わる
本当におしゃれな人というのは、高い服を着ている人でも、流行を追っている人でもなく、その人の人生と服が自然につながっている人なのだと思います。
古着が似合う人も、
アウトドアウェアが似合う人も、
モードが似合う人もいる。
でも共通しているのは、服が主役ではなく、その人自身が主役になっていることです。
大手セレクトショップで働いていた頃の先輩はよく「服よりスタイルを見つけなきゃ」と言っていました。
私も当時は何が自分のスタイルなのかを考えるものの、そもそも自分って何?というところから一時的に「これでいくぞ」と決められても結局は続きませんでした。
「自分って芯がないな」と落ち込んで、「こんな自分が自信もって服を紹介して、勧めていいのかな、アパレル向いてないのかな?」と考えたりもしていました。
でも今なら、「あの頃の自分では決められないよな」とすんなりあの頃のことを受け入れられます。なんなら「簡単にスタイルを決められなくてよかった」とさえ思います。
迷ったり、寄り道した時間が今のいろいろなジャンルの服を査定するときに役立ちますし、自分の着る服も色々なアイテムの相性やブランドを知っている分、人とは違うものに出来るような気がします。
そして、自分の尺度で服を選んで自由に楽しむことができるようになりました。
皆さんは今、どんな位置にいるでしょうか。
理想の自分を追いかけている途中かもしれませんし、ようやく自分らしい服が見つかってきた頃かもしれません。
服は一生付き合うもの。
だからこそ、系統が変わることも、好きなものが増えることも、案外自然なことなのだと思います。今回の文章が、自分と服との関係を少し振り返るきっかけになれば嬉しいです。