名古屋観察メモ(名古屋歴3年6か月のひよっこ目線)
最近、祖父が車に乗らなくなるということで、急きょ車を譲ってもらえることになりました。
これまで今池周辺をとことん歩き倒してきた私たちですが、これからは少し遠くまで足を伸ばせそうです。行きたい場所や、やってみたいことをリストに書き出している時間が、いま一番楽しい。
東北生まれ・関東育ちの私と、九州生まれの妻。
どちらにとっても縁もゆかりもなかった「名古屋」に住み始めて3年半。
まだ味わいきれていないこの街を、ひとまず自分の目線でまとめてみたくなりました。
というのも、私は子どもの頃から引っ越しがやたら多い家庭で育ちました。
2階から3階に引っ越したり、隣町に移ったり、受験前に引っ越したり。
その癖がうつったのか、一人暮らしを始めてからも
岡山 → 東京 → 東京 → 名古屋
と移動を続けています。
街ごとに空気が違うのが面白い。
何もないのに妙に愛着が湧く街もあれば、便利なのに「ここは仮住まいだな」と感じる街もある。
そんな自分が、いま暮らしている名古屋をどう見ているのか。
名古屋駅、きれいめ文化に驚く

毎年クリスマスツリーがすごい
初めて名古屋駅に降りたとき、まず思ったのが
「みんな、きれいめでシックだ」
ということでした。
勝手に「派手好き」「気合い強め」というイメージを持っていたので、モノトーン率の高さとパンプス着用率にびっくり。
どこか想像上の神戸のような、舶来文化的な整い方を感じました。
個性を出すというより、「ちゃんと良いものを着る」文化なのかもしれない。
それを象徴するかのようにMONCLERのダウンコートをよく見る。
日本で一番見かける街なのでは、と思っています。
色が少ない街
大阪に行くと、モノクロから急にフルカラーになったような感覚になります。
名古屋は年齢を問わず黒が強い。
若い子も、ポップというよりモノトーンのストリート。
カルチャー由来の服装が前面に出ている感じがあまりなくて、
POPEYEやBRUTUS的な「文化から着る」雰囲気は薄め。
でもその分、上品で整った印象がある。
栄の地雷系と仙台の記憶
栄でよく見かける地雷系ファッション。
東北6県のオタク文化が集まる仙台で見ていた光景を思い出しました。
大須は全国でも有数のメイド文化があると聞いたことがあります。これにも由来があるのだろうか・・・
東北の冷たい風の元歩く地雷系ファッションには「自分の好きを貫く」信念のようなものを感じていました。
名古屋はどうなんだろう。
モーニング文化の幸福

コメダのモーニングに行ったけどカツパンの誘惑に抗えなかった日
モーニングは本当にすごい。
安いし、量もあるし、ちゃんとおいしい。
シャキッと一日をスタートできるし、朝ごはんを食べに外食なんて全くない経験だからいまだに新鮮に感じる。
今池の喫茶店「SLOTH」さんで食べるモーニングにゅう麺が好きで、時々ふらっと行きます。
きしめんの食べ方は上品

星ヶ丘製麺で食べたきしめん
きしめんは、ほうとうの形でうどんの兄弟。
ほうとうは熟成しないからほろほろで、きしめんとうどんは熟成の分コシがある。味も濃くなる。
平たいから、うどんみたいに勢いよくすすると汁が跳ねる。
だから自然と噛み切って食べることになって、結果として上品に見えるんだなと気づきました。
今池の「きしや」はいつも大盛況。
味ももちろんだけど、麺屋とは思えない落ち着いた空気が好きです。
赤味噌は東北向き
東北の汁物は醤油で真っ黒、味もかなり濃い。
寒さの中で体温を保つための歴史だと聞きました。
赤味噌はコクがあって塩味もしっかりしており、それでいて素朴な味なのが東北人好み。
具だくさんの豚汁系は赤味噌のほうが合う気がします。
名古屋コーチンはまだ未開拓
名古屋コーチンは純粋種の地鶏。
比内地鶏や薩摩地鶏の個性は体験してきたけれど、
名古屋コーチンの「らしさ」はまだ掴めていません。
妻の地元宮崎は「じとっこ」と「天草大王」が有名な地鶏。どちらも身がぎゅっと詰まった噛むほどに味が濃くなる品種です。余談ですが、多分炭火焼には若鳥ではなく親鳥を使っていて、さらに身が締まっているのが多い印象。
ちゃんとした店で、地鶏の王様を味わってみたい。どうやって食べるのがおいしいんだろう。
人がやさしい

愛知県警察のマスコットらしい。やさしさを感じる押しボタン
若い人が人懐っこい。
東京ではドライな接客に慣れていたので、笑顔で話しかけてくれるだけで感動してしまいます。
マニュアルより人間味がある接客。
のびのび働いている感じが伝わってきて、見ていて嬉しくなる。
そして上の世代がとにかく元気。
真正面から話しかけてくるあの感じ、かっこいいです。
お店に来てくださるお客さんも、前のめりで服を楽しんでいる方が多くて、
ワクワクした目を見るとつい話し込んでしまいます。

名古屋市立美術館の「ガウディとサグラダ・ファミリア展」に感化された妻
まだまだあるけれど、思い出せるところまで書くとこんな感じでした。
人が多すぎると疲れてしまう自分には、名古屋の人口密度はちょうどいい。
名古屋の人が名古屋から出ない理由も、言語化していくともっと見えてきそうです。
いつか名古屋ブームが来たら、
「なんで突然名古屋行ったの?」と変わり者扱いされた自分も少し報われる気がします。
ちなみに方言は、構えていたほど強くなかった。
「〜だもんで」がいまだにお気に入りです。